うっかり
- koimoiwao
- 2015年4月26日
- 読了時間: 2分
背後は急斜面の雑木林である。 きょうは陽気もよくてあたり一面の植物は春日和に輝いている。こういう日は獣も越冬の
実感を味わっているのだと思う。 鼻歌まじりの食物確保もあるだろう、日々是好日とはこの事ですね。
雑木林の山肌は云うまでもなく、地面にむきだした木の根と植物が困惑しながら入り混じ
った状態ですから、四足動物がそれに足を取られないとは云えず、早い話が山暮らしの
ベテランもそういう斜面でつまずかないとは限らない。
それは突然のことだ。 急所を打ったのか悲鳴を上げながら、荒々しい葉の摩擦音とともに近づいてくる黒毛の塊が
わたしの眼の前にころがり込み、太い幹の根元はそれに耐えた。止んで横たわっているのは
実にまるまるとした成獣ではないか。
あたりは無音となった。しかし耳はでん、ともグウ、とも付かない今しがたの衝突音が離れて
くれない。
息を呑み後悔した。
相手と眼が合ってしまったのである。そうして、その眼はひどく険しい。 ひとは痛いところを突かれるととたんに不機嫌になるように、成獣もその例にもれないのだ。
釣り上った両目尻と白目には覚えがある。あれはひとの逆恨みの時の顔と似ている。
そうして、それはけものにとって実にふさわしい表情なのである。
呼吸が合った。 成獣はわたしを見据えながら伸びやかに身を起こすと、太い前足の墨色のつめを土にめり込ませ
始めた。
なんてことになったら、どうしょう。
だからこういう場所に来てはいけない、と自分の人生にささやかれて足がすくんでいる最中です。

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